ついに我慢できず、朝練に行ってしまった。
朝の静けさに気を使うと、なんだかキックが固く感じる。
朝のウォーキングをする人が意外と多いこと。家から離れた場所でエンジンをかけようと坂を下ったところでキックしていたら、この村にしては昼間にむしろ見かけないくらいの人通りだった。その人たちの視線を感じながらアイドリング。はじめての朝練。
いつものコースを走る。
途中スロットルを開け気味に走っていたらガス欠っぽい症状が出て、下りきったところの信号でエンストしてしまった。またもやこんなことで気持ちよく走れず、次回に持ち越しとなった。
リザーブに入れるとエンジンはかかったのでやはりガス欠だったのか、キャブのニードルバルブか。オートデコンプの調整とあわせて調子を見たい。
新しい仕事はすでに体になじみ、これ以外の仕事を考えられなくなっている。いやこの仕事に含まれるその他のことさえ興味がない。
彼らが自分で納得して行く道を選択できるように、しかし導くのではなくその判断に必要なものを提供したい。
僕としては励ます仕事がほんとに与えられたんだと思っているのだが。人から見ればそうではないのかもしれない、本当はそうではないのかもしれない。僕がどうであるかは彼らが感じること、決めることだ。
今は好きな時にバイクに乗れないこと以外不満はない。だからというかこの歳で朝練。車のいない時間をねらうなら、さらに1時間早くしなければ。
明日は写真茶話会RRか。
もしかしたら、よくここまで朝練を我慢されましたね、とかだったり。
お仕事も充実されてますね。
「彼らが自分で納得して行く道を選択できるように、しかし導くのではなくその判断に必要なものを提供したい。」
これは私にも考えさせられる一文です。
そうなんです。社会に出る一歩手前にかかわる仕事であって、その後のことまで考えないで「はいあなたは明日から家具屋さんね」で送り出すことはできないです。
だけど彼らの判断に家具を教えるということだけで関わるんだとしたら知りうるかぎり全部教えたいという気持ちです。
しかしバイクに乗れないのはつらい。