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SIGNのポリシー、オーダーメイド家具の魅力

あなたと、あなたをとりまく環境を
肖像画を描くように、一つの家具で 描き出す作業
それが、僕が考える オーダーメイド家具の製作です

あなたが持つもの

僕が作ったもので、あなたが持つものが、あなたの心を動かすものであって欲しい。
それも心の深いところに作用し、性能や機能や見た目の造形やそれを説明する言葉によってではなく、それを使った感想ではなくて評価ではなくて、他の感情や記憶を思い出させ、出来ることならあなたにとってかけがえのないものになって欲しい。
時にそれが誰かの代わりになり、その存在が空気を変え、時間を豊かにするような、体がそれに触れることを欲するような家具を作りたい。
それが、僕にとってのスタンダード。かなり難しい基準線。
だけど、誇るならそれを誇れる作り手になりたい。

2020年を振り返り

2020年は今までにない大変な年でした。
コロナの影響で辛い思いをされた方も多かったと思います。
しかしここで個人的な話をさせてもらうと、振り返ってこの年の始まりは幸せに満ちた喜びから始まりました。
自分にとって新たな一歩を踏み出すきっかけが与えられ、変化というより自分という物語の進展を予感させる呼びかけ、言葉をもらい、迷う事なく選びました。
未曾有の事態から、世の中では人との距離を意識するようになり、当たり前と思っていたこともできなくなりましたが、僕にとっては本当に大切なものや人について気づくこととなり、むしろそれについて考える時間は増えたと思います。
また、この状況下で今年はたくさんの人に新たに出会い、今までお付き合いのあった人ともさらに繋がりを深めることもできました。それも今後重要となっていくであろう関係です。
それに関してはこの年の瀬に感謝でいっぱいです。
「見える距離は離れ、見えない距離は縮める」ある建築家が言った言葉です。それは建築設計において語られた言葉ですが、僕はこれを人間関係に置き換えて感じています。
この言葉は前と後が対比となる状況を説明しているのではなく、同時に満たそうとする能動的な心の行動であると思うのです。
言葉や、時間や場の共有や、当たり前と思っていたコミュニケーションの方法は見える距離。
それに対して態度や接し方、ものごとの取り扱い方は見えない距離。
心の中で思っている事を、本当のことを相手に知ってもらうにはどちらでしょうか。伝えることを意識して距離感を持つ必要があるように感じます。
また、相手のことも言葉ではなくその距離感を持って読み取り、理解する感覚が必要なんだと思います。
来年はまた自分がものづくりに復帰することになり、何をすべきかと思い巡らせる中で、今年は多くの大切なことに気づかせてもらえた気がしました。
SIGNとして考えてきた、関係から生まれるものを意識しつつ、そしてPROPでは対話から生まれるものを大事にしていきたい。
今まで見守ってくださった皆様、僕がどうなるのか、これからも引き続きよろしくお願いいたします。

寒さ厳しい大晦日となりました。お体ご自愛の上、良い年をお迎えください。

この声

自分の声を意識したのはいつからだったか。
昔、自分の声が嫌いだった。

人と話すのが苦手だったわけではなかったが、あまりお喋りでもなかった。
声変わりをした中学生の頃に、思いのほか低くなった僕の声を、見た目に反して違和感があるとクラスメイトの女の子に笑われたのがコンプレックスになったのか。
人を楽しませる会話も得意じゃないし、お喋りを楽しむような場は苦手。僕の言葉が原因で友達を怒らせたこともあり、自分はきっと無神経なんだと思うようになった。
声も変だし、言葉も上手く使えない。話すのが嫌になり、話すことができなければ気持ちも伝えられず、その時好きだった人との距離は縮まらなかった。
どちらかというと同年代よりも年上の人と話す方が好きだった気がする。
教えるのが上手いね、と言われたのは高校の頃だったか。
日常会話が下手なくせに、気持ちを伝えるのが苦手なくせに、知識や考えを伝える能力はあったようだ。
その時漠然と自分は教員になりたいと思っていたから、その褒め言葉は励みになった。

教員になりたかった理由は、その時自分が求めていた先生になりたいと思ったから。
僕は今まで先生と呼ばれる人との関係は薄く、その人を中心とするクラスや部活や学校に思い出は少ない。
派手な行動もしなければ、優等生でもない、手のかからない生徒にも悩みはあって、それに気づいて寄り添う大人は少ない。
だから僕は、誰もがあの先生と話したなと思い出されるような、一人一人と契約を結ぶ教員になろうと思った。
お喋りが下手なことを振り返らなかったのはおかしいけど。

その後、僕は中学や高校の先生にはなれなかったけど、写真の専門学校で教員をし、木工家をしながら子どもたちに工作を教え、職業訓練校の指導員もした。
思っていた先生像を意識しながら生徒と接しつつ、一応教員として良い評価はいただいていたものの、なぜか、授業の内容より喋り方や、声が良いと言われることが多い。
まさか、喋ることが仕事になるとは思ってなかったし、自分がだめだと思っていたところを良いと言われると、自己評価で悩んでいたのは何だったのかと思う。

指導員を辞めれば話すこともなくなり、今となっては自分でも少し気に入っているこの声の、新たな使い道は見つかるだろうか。

ある時、自分が好きになれるものが見つかって、それが自分にとってとても大事なものに思えて、その事を常に考え追求し、どれだけ時間を費やしても苦労をしても疲れなくて楽しくて、周りからも認められ、自分はこのために生まれてきたのだとさえ思い、どんどん抱えていくうちに、いつからか、ふとその重さに耐えていることに気づき、無限に積み上げられると思っていたものが、その高さを維持しようとすることによって何かが堰き止められていると感じるようになると、ある時、それを手放したくなる。
手放すと確かに楽になり、やはり手放すべきだった、手放す事が大事だったと自分の判断を肯定したりもするのだけれど、またある時それを手にする時が来て、それに触れた時にその価値とそれが自分に与えてくれた幸せと自分が持つことでしか生まれない現象の唯一性を感じ、問題は自分の許容量でしかなかったことに気づく。

量に関することには気をつけたいけど、好きになったら大事なものの量なんて正確には計れない。

SIGNの新春写真茶話会2020

SIGNの新春写真茶話会を開催します。
開催日は、
1月25日(土)
13:00〜17:00
です。

昨年新たな試みとしてスタートしたSNS茶話会でしたが、アップされた写真は400枚を超え、参加した皆さんは色々感想をお持ちだと思います。
それらを持ち寄って写真について語り合いたいと思います。
日常の写真から生み出される作品の意味を僕自身日々感じています。
ご参加お待ちしています。

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