Feed on
Posts
Comments

SIGNのポリシー、オーダーメイド家具の魅力

あなたと、あなたをとりまく環境を
肖像画を描くように、一つの家具で 描き出す作業
それが、僕が考える オーダーメイド家具の製作です

製作者:湯浅則夫

以前うちの木工教室でミニカホンのキットを作りにきた小学校の先生がいた。度々このブログに名前が出てくる、雅魚(がお)君の通っている学校の先生だ。
雅魚君のお母さんから紹介があって、その学校の6年生にカホンを作らせて演奏する授業をしたいので、うちでキットを作れないかと相談を受けた。その前に一度、その先生が実際にミニカホンを作る木工教室を受講したいということだった。
もちろん、その話の内容からしても先生の熱意を感じるので、僕はどんな形であれ協力したいと思ったのだ。

木工教室を受講しに来られたのは、6年生の担任の先生と音楽担当の先生の二人だった。お二人ともすごく熱心で、作りながらメモを取り、写真を撮り、どうすれば子どもたちがうまくできるかを相談しながら受講されていた。
そして自分達も楽しみながら、そう、自分達がどこが楽しかったのか、作りながら何に感動したのかを伝えるために夢中になってミニカホンを一台ずつ仕上げて1日目は帰られた。
その数週間後、再び先生方はSIGNに来られ、今度はクラス全員のミニカホンキット40台分を作ることとなった。察するところ、おそらくその1日目の後は大変だったと思う。いろんな行事が重なる時期に、平常の授業や各業務をこなしながら、自分達が作ったミニカホンとレポートによって学校にプレゼンし、保護者に了解を得、特別授業を組もうというのだ。予算のことも、学校の実習費のやりくりや、各生徒負担の必要性も出てきて、大変だったろうと思う。
だから僕もミニカホン40台分ではなく、材料費とキット製作にかかる日数の木工教室代という形でお金はいただいた。あとはお二人の労働力で、ということで。
2日かけてキットは完成し、学校に持って帰って授業実施のはずだった。しかしその後連絡がなく、うまくいったのかどうか、少し心配していた。

そこへ届いたのが、ミニ音楽会のお知らせだった。添えられていた手紙には、授業は思いのほかうまくいき、普段落ち着きのない子も夢中で、そして穏やかな表情でカホンを磨いていたのだという。そして、この音楽会の準備のせいで忙しく、連絡が遅くなったことをお詫びします、とも書かれていた。
これは行くしかない、なにがなんでも。お土産を用意して。

というわけで今日行ってきたというお話。
兵庫県の宝塚市にある小学校だった。SIGNからは1時間ほどで着いた。
会場である体育館には、子どもたちが作ったミニカホンが壁際に並んでいる。それも、打面にそれぞれ好きな絵が描いてあり、サウンドホールの形は様々、これは楽しい!

そして先生とも再会。開演前で忙しそうなのに、いろいろ気を使ってくれて申し訳なかった。なんと会場の一番前に席を用意してくれていた。保護者は後ろなのに。

全然この学校のことなんて知らないし、二人の先生とがおくんに会ったことがあるというだけなのに、音楽会はとても感動的だった。
演奏や合唱の出来不出来ではない、上手い下手ではない、彼等が取り組んだ時間や、先生の努力や熱意がぶつかってくるようだった。
終わった後の話では、音楽の先生は自分への評価は厳しいようだったが、そうではないですよ、わかるけど。

片づけが済んだ後、僕が持っていったお土産を渡す時間を、先生が作ってくれた。
先生が手紙で、みんな木を磨くのに熱中していたと言っていたので、どうせ磨くなら杉じゃない木も磨かせてやろうと、積み木のようなブロックをいろんな木で作って持っていったのだ。
それで突然こんなことになったのだが、小学6年生に短い時間だったけど木や家具についての話ができて、なんかよかった。先生も、こんなに集中して見てくれるのは珍しいとか、質問で全員手が挙がるのは初めてとか、お世辞だろうけど言ってもらえて、久々の黒板の前に立っての授業に幸せ感じてしまった。
多分、こんなおっさんが珍しかっただけなんだろうけど、小学生の授業ってかなりエキサイティング。

製作の行程の中で、僕はいつもデザインで苦しむ。
悩んでいる時は、ほんとに才能ないんじゃないかと思うくらい、自分が情けなくなることもある。
木工家なんだし、デザイナーじゃないんだし、そんなに悩まなくても、そんな風には考えられない。
オリジナルの家具を作っている以上、絶対に自分でその形は決めなければならない。それはこの仕事をする人はみなそうなのだが、自分の技量や知識の範囲で、もしくは過去の経験やスタイルによって決めてしまうことが多く、それに予算や手に入る材料なんかを考慮していくと、可能の範囲はせばめられ、迷うほどのことはなくなっていく。はずだ。
しかし僕にはできないことがある。
たまに、あなたの作る家具は何系、何風?と聞かれることがある。それはきっと北欧風とかカントリー風とか、デザイナー系とかアート系とかいう答えを期待して聞いているのだと思うのだが、もしそのとき僕の中でなにか言葉が浮かんだとしても、それを口にはしたくないという思いがある。まだまだ自分を限定したくないからである。
でもそれができる人は、見えた人は、そこから楽になれるんだと思う。
その尺度によって、迷えばそれに沿い、先人の作品に答えを求め、あとはしっかり作れたらオッケー、技術的に精進すればオッケー、業界で名前が売れたらオッケー、長く続けられたらオッケー。
でも僕は、自分の作るものが何かに似はじめたら、そのデザインを捨てたくなってくる。それが考えてる段階でも起こる。そしてもし、考えていたものが、すでに誰かがやっていることを知ってしまったときは、ものすごく悔しい。もしくは歯ぎしりしながらその人に憧れたりする。

僕がいつもデザインや図面を書く時に使っているのは、シャープペンシルか鉛筆である。別にこだわっているわけではないが、一番早い気がするからだ。
最近はパソコンで書く人が増えてきているが、僕にとっては遅い気がするし、頭の中で立体化するには紙と鉛筆が一番僕にとってはやりやすい方法に思えるのだ。
よく言うアナログ人間なのか、いや、デジタルはこの世にコンピュータが普及しはじめた頃から使っているし、アナログ派の人からすれば反対の部類に当てはめられるだろう。
ただ、今やってることはデジタルでは解決できないことだらけで、それに取り組むことが気に入ってしているのだから、やっぱり紙と鉛筆なのである。しかもシャープペンシルは中学の卒業祝いに、学校からもらったものを未だに愛用している。
しかしこう毎度行き詰まっていると何か変えてみたくなって、スケッチ用に万年筆を買ってみた。
今まで筆記具としての万年筆にずっと憧れてはいたが、字を書くこともあまりなく、また文章を書くとすると昔からワープロかパソコンで、書いたとしても鉛筆やボールペンの手軽さに勝るものはなく、結局手に入れるまでには至らなかった。
やっとその理由ができたのである。
といっても購入したのは、万年筆らしい万年筆ではなく、メーカーはドイツの老舗でモンブランと並んで有名なペリカンのものだが、これは子ども用の万年筆なのだ。名前はペリカノジュニア。
見た目はおもちゃみたいで、気品も高級感もなく書くぞという意気込みもない。しかしこれはドイツの小学生が最初の文字の練習に使うために開発されたものらしく、日本で言うところの書き方ペンなのだが、そこはさすがドイツペリカン社、書き味は滑らかでしっかりした本物なのだ。
万年筆を買ってみようと思い立ち、物色しに三省堂の文具売り場へ行ってみた。そこで国産の有名メーカーの1〜3万円クラスの万年筆を試し書きさせてもらって、やっぱり高くなればなるほど書き味は気持ちいいんだなと感じた。それで、販売員さんに用途とほこりっぽい工場で使用することを話し、書く環境として万年筆にとって大丈夫かと聞いてみたところ、そんなこと言われたのは初めてで、なんとも言えないとのこと。万年筆で絵を描く人は最近増えてきているので、スケッチを描くのに向いているのは探せばあるだろうし、汚れたりほこりが詰まればペン先を水で洗うか、持ってきてくれれば超音波洗浄機でクリーニングします、と。
そのとき多分僕は無意識にめんどくさそうな顔をしたのだろう、その販売員さんはもう一つ提案をしてくれた。安いので一度試してみて、使えそうだったらいいのを買われてはどうか。といって出してきてくれたのがこのペリカノジュニアだった。
本体はスケルトンのポリカーボネイト製。インクはカートリッジ式。線の太さは中字くらいの1種類。キャップにフックは付いていない。でもグリップ部にはラバーが巻いてあり、指の形に窪んでいて、そのとおりに握れば正しくペン先が紙に触れるようになっている。さすが書き方ペン。しかも名前シールが書き損じ用か4枚付いていて、それをスケルトンを生かして内部に貼るようになっているところがにくい。色はブルー、レッド、イエロー、グリーンの4色があり、僕はブルーを選んだ。

早速使ってみて、アイデアに何か影響があるかはまだわからないが、描く線の新鮮さにちょっと嬉しくなってくる。描き味も気持ちいい。安くてもこんなにいいものを使って勉強できるドイツの子は贅沢だなと思う。それは大人が子どもに対して、自分の立場で何を提供できるかを真剣に考えているから、それも企業としてできるところが素敵な国だと思う。

ざくっと工場のペン立てに突っ込み、描きたい時にガンガン使いたいのだから、気どった万年筆よりこいつが良かったのかもなどと思いつつ。

作品一覧/そばにあると楽しい のカテゴリーに、ブログでも紹介しました、
「杉の子ども用ロッキングチェア」をアップしました。


昨日の男話のせいで中断した続きを朝からやっていた。
この仕事を続けていく限り、誤解の上に届く便りもある。それをいちいち正すことも気分が悪いし、転送するのも面倒だし、破り捨てるのも気が引ける、何より食っていくためにはそんなことも必要だったりする。かなしいかな。
とにかく必要以上の仕事はしまいと、午後から来客の予定が入っていたので、午前中に仕上げてしまうつもりだった。
これは写真のプリントをのせるトレイ。子ども写真スタジオで、撮影した写真のプリントをプレゼンする時に使用するという。
まず一報、こんな仕様でこういうものが欲しいけど作れるか、と聞かれ、予算的には厳しかったが知り合いなのでyes。次にフリーハンドで書かれた図面をもらう。このとおりならなんとか短時間でやっつけられそう。で、半日の予定を組んだ。

午後からの来客というのはカホンのお客さんで、先日メールでの問い合わせがあった女性だった。
現在、公立支援学校で非常勤講師をされている方で、来春から高校教諭の採用が決まったのだという。教育大学で音楽を学び卒業したが、就職したのは企業のOLだったそうだ。しかし、何か違うと思い立ち、支援学校すなわち体に障害のある方が学ぶ学校での講師の仕事に転職した。そこでの活動でふたたび音楽教育に目覚め、自らの郷里で採用試験を受け、見事合格。これからの活動に思い描く日々。
そんなとき、学生時代に彼女の友人が演奏に使っていたカホンという楽器を思い出し、これなら教材として子どもでも障害を持つ人でも楽しめるのではないかとネットで調べていたら、このサイトにたどりついたらしい。
なぜか先生のお客さんが多いSIGNへようこそ。さらに支援学校とは。かなり縁が作用してるなあ。
当麻寺駅で待ち合わせをし、車で迎えにいった。今日はいい天気だったので歩いてもよかったかな。
工場に着いて早速カホンを見てもらった。こないだのイベントに出品した2台のVだ。バーチとメイプルを試奏してもらい、どちらか気に入ったらお安くします、もし違ったら作りますという話だった。
でもさすが音楽の先生で、僕が少し叩いた音を聞いただけで、メイプルがいいと言われたのだ。自分でも触ってもらったが、やっぱりこっちだという。音域の広さや音の立ち上がりが気持ちいいメイプル。というわけで37番のメイプルは彼女のものとなった。
時間に余裕があるというので、コーヒーを豆から挽いていれ、飲みながらいろいろと話をした。カホンの話、家具の話、教育の話。
雅魚くんの話をすると、とても興味深そうだったので、がおママのホームページや稲岡先生のことも教えておいた。不思議だな。もしかするとまた繋がっていくのかもしれない。カホンを作っているだけで、こんなにも的を射た繋がりが続くものだろうか。

彼女を駅まで送って工場に帰り、午前中に終わらなかった例の仕事の続きをしていると、もうすぐ完成という時に、仕様の見落としを指摘された。
いや図面にはないでしょ。最初の話では言ってたはず。それじゃ値段的に。もう遅い。なんじゃそら。
結局、言われた通りにし、夕方までかかった。

その塗装をしている時に外から、こんにちは!、とかわいい声がした。近所に住む小学生の姉妹で、よくうちの前を犬を連れて散歩している女の子だった。
そういえば以前、その犬の犬小屋を作ってほしいと、いや一緒に木工教室で作りたいと言われたことがあって、じゃあどんな形の家がいいか絵を描いておいで、果物でも野菜でもなんでもいいからモデルを決めてね、と宿題を出しておいたのだった。手にはノートを持っている。
僕は急いでのらくらやってた塗装を終わらせ、彼女たちのノートを見せてもらった。すると、かわいい!!!
もう、どうやってこんなの木で作るんだ、というのや、モデルに選んでるのが、ケーキ、さかな、ケイタイ、テレビとほかにもいっぱいノートに描いて来ている。もちろん、その家の入り口らしきところに犬の絵も。たまらんな小学生、やられた!
一枚一枚を見ながら話を聞いて、どれにするか話し合った。これってめっちゃSIGNのオーダーメイドじゃないか。もうおじさんタダでもやっちゃう。
で、最終的に決まったのがテレビ。二人の意見で赤いテレビでアンテナ付き、画面がもちろん入り口。ああ。
簡単に完成のパースを描いてあげて、二人は帰っていった。
今日の一日、これですべて浄化完了。

なんの打ち合わせ?

次の仕事の準備をしようと、朝から資料を集めたり、調べものをしたりして、さあやるかと思ったら電話が鳴り、知り合いの子ども写真スタジオから小物の依頼があって、おっとそっちが先かと資料を片付けて材料を準備しはじめたら、見なれたキャンピングカーが工場の前に停まり、看板犬モコが騒ぎ出した。
いろーんな意味でいつもお世話になっている、理想建築工舎CRAFTの堤さんだった。
今日堤さんが来ることはわかっていたが、何時に来るかは聞いてなかった。いつも突然来てしゃべりたおして、またはギター弾いたり歌ったりして帰っていく。工場を移転してからは少し足は遠のいたが、前の工場は奈良県の背骨とも言われる24号線のそばにあったので、仕事で毎日爆走キャンピングカーで走り回っている堤さんはよく、SIGNを休憩所のように立ち寄る場所にしてくれていた。そんなこともあって、僕と堤さんの関係は深まり、仕事の話はもちろん、SIGNカホンへのアドバイス、材料提供、そして何より今のこの場所への移転に関しても大変お世話になった。大恩人である。
なんて書くと、しょうもないこと書くな、と言われそう。なんの気兼ねも遠慮もなく言い合いができる人なので、こちらも一緒にいて楽だし相談もしやすいし、今から行く、と連絡があっても特にもてなしの準備をすることもなく、普通に仕事をしているところを当たり前のように中断させられるから、今日も待つともなく仕事をしていたというわけ。
お互い話し出すと数時間があっという間に過ぎてしまう。
今日だって本当は、月末に二人の共通の知り合いである音楽家の丸山さんがロシアから友達をつれて奈良へ来るので、案内も兼ねたホスト役を堤さんが頼まれ、僕も巻き込まれ、それでどこへ連れて行くだの何食わせるかだのを話し合うために来たはずが、そんな話はそこそこに、いつもの調子で話し込み、気が付けば3時間が過ぎていた。
こんな打ち合わせでいつも最終的にはちゃんと結果を出せるので、僕らはプロフェッショナルだ。めちゃくちゃ真剣に話をしていたくせに、堤さんの、どーにかなるやろー、で話は終わる。まじめなくせにそういうスタンスはお約束なのだ。
さて、結局ロシア人に関する打ち合わせは、別れ際の二こと三ことで終了。まさに極秘会談のプロ並みだ。

作品一覧/ダイニングのカテゴリーに、
「高さの変わるガラステーブルとベンチ」をアップしました。

西光祐輔がSIGNに来た

こないだ大阪でやっていた写真展をのぞきにいった時、あまり時間がなかったのに世間話程度しかできず、お互いなんとなく不足感を感じていた。
作品の感想などはメールしたが、どうもうまく伝わっていない様子で、写真展終わってからこちらに会いにくるということだった。

東京在住の彼は、大阪の友人に車を借りて奈良までやってきた。
今さら僕も写真家に意見をするような立場ではないが、その世界に一時身を置いた人間として、次の世代にかける期待は大きいし、もっと新しいものが生まれてきて、現状を破壊し、写真がより高くそして広くアートとして認知されることを願っている。
確かに、西光や梅はその線上(戦場)にいると思っている。
彼等を応援することは、木工家としての自分との間に矛盾を生まないか。その答は彼等とアーティストとして対当であることにあるような気がする。彼等が写真で世に何かを叫び続けるのであれば、僕もまた家具で。そうでなければならない。

薪ストーブの前で、たった一杯のコーヒーと、一箱ずつのたばこで、6時間。
きっとそこらのギャラリートークショーでは聞けないような話をして、西光は帰っていった。

Older Posts »

このエントリをはてなブックマークに追加このエントリをdel.icio.usに追加このエントリをLivedoor Clipに追加このエントリをYahoo!ブックマークに追加このエントリをFC2ブックマークに追加このエントリをNifty Clipに追加このエントリをPOOKMARK. Airlinesに追加このエントリをBuzzurl(バザール)に追加このエントリをChoixに追加このエントリをnewsingに追加