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森が見た夢:4-5

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森が見た夢:4-5

2023 年 3 月 27 日 by SIGN

「そのあと、三人で食事をしながら話をしたんだ。
 大学を卒業してから、就職して今に至るまでのこと。
 そして、あの時感じていた言葉にできない欲求について。
 当時、仕事に関してはなにも不満とかはなかったけど、いつも何かに苛立っているというか、満たされない気持ちが常にあって、それが何なのか自分でもわからないまま毎日がただ過ぎていって。少しでも不安に駆られるような時は仕事のことを考えていれば忘れられる、その便利なスイッチを見つけてからは感情の振り幅さえも小さくなっていった。
続けようと思えば続けられたはず。だけどなぜこの村に帰ろうと思ったのか、じいちゃんに会いたくなったのか、そのきっかけをくれた友達の言葉も話した」
「そっか… その話を聞いて、ご両親はなんて?」
「それが、全部受け入れてくれたんだ。目的も意味も求めない、帰ってくればいいただここにいていいって、当たり前じゃないかって。
 そして俺が進みたい道が見つかったら教えてくれって」
「それって家族だよね… 社会に出たら目的性のないことは許されないもの。自分に対しても常に意味を問い続けてる」
「あ、こんな話じゃなかったよね。林業の取材だったっけ」
「ううん、いいの。章くんのことも聞きたかったから。なんで会社を辞めてまでこの村に戻ったんだろうって思ってた。
 よかったらもう少し聞かせてもらっていい?」
「わかった…
 俺が林業をやろうって思った理由は、多分一般的に期待される話ではないと思う。別に木が好きとかではなくて、環境にも特に興味はなくて、木材利用とか産業や経済に関心があるわけでもなく、未来に対する問題意識や希望を感じてるわけでもないんだ。ただ衝動的に、ここでの暮らし方に魅力を感じてしまっただけなんだ」
「それは一度都会に出て、生まれ育った環境を再評価したってことなのかな」
「そうかもしれないけど、それだけじゃないと思う。
 都会にいても生活はできる。だけど、人が生きるってことは生活だけでは満足いかなくて暮らし方も充実させたくなってくるよね。そしてもっと自分と向き合えば生き方も考えるようになる。生活と暮らし方と生き方と、どれかを選ばなければいけないのじゃなくて、誰かが言ってたんだけどそれは振り子のようなものだと。誰でもその振り子は持っていて、境目はなく常に行ったり来たりしてるものだって。人によってどちらかに偏ることはあるんだろうけど、俺の場合は都会での暮らしは生き方にまで振り切ることはなかった。
 振り幅が大きい方がいいのかはわからないけど、俺はちゃんとそこまで振り切る生き方をしたいと思った。俺のじいちゃんは多分そういう人だと思ったんだ」
「それが、帰ろうと思った動機だったんだね… なんだか自分に重ねて聞いちゃった。ちょっと耳が痛いな…
 それで、ここでの暮らしはそれを満たしてくれた?」
「まだまだだとは思うけど、間違ってなかったと思う。
 あの日、食事の後に父さんが外で焚き火をしながらじいちゃんを待とうって言って、二人で庭で焚き火をしたんだ。その時父さんが母さんの前では言わなかったことを話してくれて、なぜ行政として林業に関わろうと思ったのか、立場的には事務仕事だけでいいのにフィールドワークにこだわるのかとか。その理由は結局、俺と同じだったんだ」
「お父さんとそんな話ができてよかったね。なんだか羨ましいよ。それぞれの道なのにまた木に関わる仕事を選択するなんて、やっぱり運命的なものなのかな」
「確かに、木も山も重要なピースではあったよ。ここでの暮らしには当たり前のように木が絡んでいて、人をつなぐ役割も担っていて、じいちゃんの生き方そのものだから。自分もここで暮らすということは木と関わることだと覚悟してたしね。
 焚き火のときにじいちゃんが帰ってきて、三人で焚き火を囲みながら俺の思いをじいちゃんに伝えたんだけど、答えは『いいんじゃないか』だけで、あとはずっと木の話だったからね。戻ってきたらあれやってこれやって、その中から自分に一番合うものを主にしなさいってね。もう戻る前提の話で… 」
「まさに相続だね。継承だとその通り引き継がないとだめだけど、もらったものをどうするかは自分で決めなさい、か。
 それで、章くんが一番に選んだものは何だったの?」
「もちろん林業はそうなんだけど、家具を作るのもおもしろい。木が最終的に人の暮らしの中に入っていくところを見るのは…
 裕美ちゃんが見た学校の机と椅子は、じいちゃんに教わりながら作った最初の仕事だった。
 だけどそれもやっぱり振り子のように境目なくつながっているからいいんだと思う」
「あれを見たからこうして取材することになって、また会えたんだもんね。章くんの言うことが、少しわかってきた気がする。共感する人は多いと思うよ」
「取材を受けながらこんなことを言うのもわるいんだけど、俺はこの村の暮らしを誰かに伝えたいとは思ってないんだ。多分、この村の暮らしを説明する言葉は世の中にたくさんあると思う。でも言葉を当てはめたり、名前をつけたりするとたくさんの人に伝わるかもしれないけど、本質が伝わらずに終わってしまう気がする。人はそれぞれでいいんだと思う。自分でそんな場所を見つければいいんだと思う」
「言葉にしたくない、か。私にとっては辛い言葉だな… 」
「ごめんね、大袈裟かもしれないけど、それが俺の生き方なのかもしれない」
「生き方か… 私も戻ってこようかな。小学校の先生、もう一度受けてみようかな」
「それはいいと思う。大歓迎だよ、ずっとそばにいてよ」
「え?
 なにそのずっと持ち歩いてるの?その腰の斧は」
「あ、これ? これは鉄屋の浩さんが『山守の魂だ、持ってけ!』って作ってくれたやつ。かっこいいだろ」
「ふふっ、かっこいいね」

Posted in 森が見た夢

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